珈琲は喫する物でありたい…。の巻

水分補給が目的の場合の水や麦茶などと違い、葉っぱから煎れたお茶や豆から挽いた珈琲などはがぶがぶと飲むものではなく正に喫すると云う言葉がしっくりと来るような気がします…。

なので喫する時に使うカップと云うものは1杯の量が概ねデミタスなら100ml前後、珈琲カップやティーカップは130ml前後位でしょうか?

対してマグカップは150ml以上は入ります。確か?(ここ数年マグカップを持っていないので間違えてたらごめんなさい)

確かにマグカップは便利かもしれません。

 

しかし本当に珈琲やお茶に拘る方達の多くは、やはりそれに適したカップを自分好みで見つけて愉しんでいるようです。

淹れる銘柄、季節、気分によってカップを替える…。

何やら、文化的じゃあないですか?

 

しかし、だからといって沢山のカップを持つ必要もないと思いますが…。

ワタシはコレクターではないので自分で使い切れるだけ、自前のカップで云えば2∼3個あれば十分です。

飽きたら入れ替えるぐらいの気持ちの方が、物も増えず良いです。

 

兎に角、茶を喫すると云うのは水分補給が最大の目的ではなく其のモノの味や香りを愉しんだり、リラックスする時間を愉しんだり、友人との会話を愉しむシーンでの一呼吸的なとらえ方がしっくりくるように感じます。

 

個人的な極上の珈琲の喫し方は、自転車で田舎道を走り緑豊かな川沿い等に腰掛けアルコールストーブでお湯を沸かし珈琲を淹れる…。

此れが何よりも贅沢だと感じます。

 

其の贅沢を出来る場所、景色が日本では便利とお金のためにどんどん削られています…。

急須で煎れるお茶よりもペットボトルで飲むお茶の消費が増えてきたことと関係が無いとは云い切れないんじゃないかと思います…。

おしまい

 

 

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